2018年1月30日火曜日

日本国憲法は日本人の恥である


以下の広告は2018年1月28日の産経新聞に掲載されたていたものである。

 現在の日本国憲法の前に日本政府が作成した新憲法は占領軍に拒絶され、わずか2~3週間後に米軍によって示されたのが、現在の憲法である。

 この時、日本の各政党はその受け入れに反対であった、共産党も当時の野坂委員長が「自分の国を自分で守れないのでは独立国とは言えない」と強く反対した。しかしこれを受け入れないと天皇制にまで影響が及ぶかもしれないということで、日本政府はしぶしぶこれを受け入れた。

 その後、勝者の敗者への見せしめともいえる不当な東京裁判、さらには厳しい言論統制のもと、占領軍による日本人並びにマスコミに対する厳しい洗脳が始まった。

 つまり,あの戦争は全て日本側が悪かったとし、『真相はこうだ』と毎日、NHKで放送させるとともに、またこの憲法も日本人が喜んで受け入れたかのように洗脳したのであった。
 

 

 現在、国会で憲法の改正が議論されているが・・・当時、敵国側であった国の歴史学者から、この広告にあるような本が出ていることに注目されたい。



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2017年12月24日日曜日

戦争犯罪国はアメリカだった

ヘンリー・S・ストークス著、藤田浩行訳

 私はこの本を読んで、元々私が考えていたことと同じであると思うと同時に、改めて ”日本人であったことの喜びというか、 日本人としての誇り” を甦らせてもらった。



 著者はこの本の冒頭で、「今年は市ヶ谷で極東国際軍事法廷、いわゆる東京裁判が行われてから70年目の節目に当たる。私は日本国民が、東京裁判の虚妄に目覚め、史実と正義の声を上げてくれることに、期待している。日本人が、そう思わないことには、日本の名誉が回復されることはない。」と。

   この本の著者は、あの戦争のとき、敵国側であった英国の
生まれであり、オクスフォード大学修士課程修了後、フィナンシャル・タイムス社、1964年来日、同年「フィナンシャル・タイムス」東京支局長、1967年「ザ・タイムス」東京支局長、1978年「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長を歴任している。  
 この本の“おわりに”にある文章の一部を以下に記してこの本の内容紹介としたい。
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 日本は大東亜戦争の開戦まで、ずっと平和を望んできた。その日本に脅威を与えたのが、白人キリスト教徒の侵略だった。『マニフェスト・デスティニ―(明白なる使命)』を掲げ,有色人種を大虐殺してきた。その脅威を現実に目にした時に、日本は鎖国政策をとった。国防のためだった。日清戦争、日露戦争、満州事変,支那事変も全て、日本の権益や居留民、または日本そのものを守るためだった。大東亜戦争も同様だった。仕掛けたのはアメリカ。日本は追い詰められて自衛のために戦争をするしか方法が無かった。「座して死を待つ」ことは出来なかったのだ。

 日本が大東亜戦争でアジア諸国に進攻すると、アジアの民は歓喜した。数百年にわたって欧米列強の軍隊に虐殺され,植民地支配されてきた、その白魔を駆逐したのが皇軍だった。アジア諸国民は、皇軍に協力して民族自決、独立のために戦った。

 日本軍が残虐行為を行ったとか、大虐殺をしたとか、婦女子を凌辱したこと等はでたらめである。皇軍は天皇の名誉を犯すことがないように、国際法を遵守して戦った。国際法を全く無視して大虐殺を実行したのはアメリカだ。戦争犯罪を問題にするなら、犯罪国家はアメリカであって日本ではない。

 アメリカでの戦闘における国際法違反をさらにドラマチックな芝居にしたのが東京裁判だった。東京裁判が不当なものであったことは、東京裁判の判事も、当時のアメリカ政治、軍事の指導者から世界の知識人までが認めている。東京裁判そのものが、国際法違反の復讐でしかなかった。

 しかし、占領軍がWGIP(ウオー・ギㇽド・インフォメーション・プログラム)によって、日本が戦争犯罪国家であると、日本人を洗脳した。さらに、メディアに一切の批判をさせないように、厳しい言論統制を行った。こうした占領政策によって、日本のメディアも国民も、まるで日本が戦争犯罪をしたかのように、思い込まされている。

 真実は真逆だ。世界を侵略してきたのは欧米列強で、世界中で大虐殺を実行してきた。いわば、「最後の砦」として残されていたのが日本だった。日本が自衛戦争に打って出たのは、国際法に照らしても全く正当な行為である。

 戦後七十年を過ぎた。今年は、東京裁判開廷から七十年目の年を迎える。日本の最大の問題は、日本人がアメリカによる洗脳を自覚することが出来ないことだ。「日本は戦争犯罪をした」とか、「侵略を起こした犯罪国家だ」などという全くの虚偽を、真実であると思い込んでいる。

 日本人はこの無明から覚醒せねばならない。日本人は立派な民族である。日本は、戦争犯罪国家などではない。その誇りを取り戻し、いわれなき日本人の父祖に対する名誉棄損を打破する事だ。
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  この本は(株)ハート出版からの出版で、初版は本年4月29日、私が読んだものは8月13日出版(第6版)であった。本書の定価は1600円+税 是非一読されることとお勧めする。
 

2017年10月3日火曜日

国難克服の選挙

 安倍首相の政治には色々と問題もあったが、今回の選挙で掲げる北朝鮮の脅威、少子化を“国難”と見たのは正しいと思う。

 北朝鮮の水爆実験やミサイルの実験について、会話の道が残されているとは誰も考えないであろう、これに対処するにはアメリカに頼るほか「日本も自分の国は自分で守る」という覚悟と国家体制を確立しておくこと、つまり憲法の改正が急がれる。それに、最近急速に進んでいる少子化、この対策を講じることも国難克服の一つであると考える。

 選挙を目前にして政党の再編が急速に進んでいるようだが、選挙目当て、得票目当ての政策を掲げているのが気になる。たとえば、消費税の凍結もそのひとつであるが、原子力発電の停止も大きな問題であると思われる。

 8%の消費税を10%にすることは随分前から決められていたことであるし、民進党ですらごく最近まで之を認めていたのに,新しく出来た希望の党へ雪崩込んだ連中は、消費税の凍結の側に回った。

 原子力発電については、福島の事故以来、素人の世論では、これを止めようという機運が高まっているが、世界の趨勢はごく一部の国を除いて原子力発電を増加する方向にある。世界の生産競争に日本が勝つためには電気料金の安い原子力発電がどうしても必要である、それに地球温暖化の立場からも原子力発電が是非必要である。問題とされている原子力発電の廃棄物処理などは日本が率先して研究するようにすべきであると考える。

2017年9月17日日曜日

私の死生観・・・命のリレー・・・

 今年もはや2/3以上が過ぎた。このところ月日の経つのがやたらと速い。考えてみれば私は数え歳で米寿であった。父は米寿を目前にして他界したので、今までに横井家の男性では私が初めて米寿を迎えたことになる。

 さて米寿ともなれば、最近体力も気力も急速に低下してきて、寝たり起きたりという日が多くなった。数年前に患った帯状疱疹の後遺症である神経痛に悩まされており、ベッドの中で横になっていると、その痛みが和らぐのである。

 ベッドの中で、昔のことや人生というものを色々と考えてみた。人間は死ねばどうなるのか?私なりに何度も考えてみた。興味のある方は髄筆の「私の死生観」を参照されたい。

2017年5月28日日曜日

大学の無償化には反対

「子供が成長するまでにかかる全ての教育費用を国が払う」というのは一見理想的であるように見えるが、大学で学ぶ能力も気力も無いものに国税を使うというのは如何なものか?

私は、現在の日本には大学生が多過ぎるような気がしている。戦後、数年のうちに、大学の数は急増し、またその定員も大幅に増えた。私は終後まもなくの頃に大学で学んだが、 私たちの年代では、村中で大学に進む男子は1%あったかどうかという状態であった。当時の大学生はエリート意識を持ち、この日本を背負って立つというくらいの意気に燃えて勉学に励んでいた。

就職だけを考えるなら、多くの場合、大学出身の知識は必要とされないであろう。教養は大学でなくても身に着けられる。学問をする能力も気力もないものにまで、大学で学ばせるのは全く無駄というものである。充分な能力と意欲があるものには、返済無用の奨学資金で対応するのが良いと思われる。

私は大学卒業後、長らく企業の研究所で仕事をした後、防衛大学校の教授となったが、そこでの学生はみんな優秀であった。しかし、防大定年後に、かなり有名なある私立大学の非常勤講師を務めたのだが、そこで驚いたことは、大学生としての知能にも気力にも欠けていると思われる学生が3割以上もいたことである。このような者は大学で学ばせるよりも、早くから働かせた方が良いではないだろうか?

政府関係者のご検討をお願いしたい。





2017年5月27日土曜日

次期オリンピックは何故8月開催なのか?

先日の新聞によれば、2020年東京五輪のメインスタジアムとなる新国立競技場は経費節減によるデザイン変更で屋根や空調設備を備え付けることが出来なくなったとあった。

開会式は勿論のこと、屋外での競技が多いオリンピックを何故8月初旬としたのか理解に苦しむ。特にサッカーなどは帽子をかぶらない競技である。選手の中にも観客の中からも熱中症患者が出ること明白である。

日本での運動会と言えば昔は10月と決まっていた、前回のオリンピックも10月だった、そして1010日は体育の日とまで定められている。何故最も屋外運動に適さない8月としたのか?・・・。

オリンピックの開催はそれぞれの開催国で最も気候の良い時期に行われることが望ましい。いまからでも遅くはない、次回のオリンピックを10月開催と変更されること強く希望する。